2007.5.15

07.5.15 民主と人権 36号

36−1
 「同和地区」復活の報告書(案)
 大阪府市長会、町村長会が継続・保留 

 解同(部落解放同盟)大阪府連の要請をうけて府と大阪府市長会・町村長会が設置した「『同和地区』の位置付け、呼称問題に関する研究会」の報告書案について、七日開かれた大阪府市長会は同報告書案の「確認」を保留しました。また、九日に開かれた町村長会でも保留となりました。
 報告書案は、法的に根拠がなくなっている「同和地区」を復活させ、適切、効果的な取り組みをめざすというもの。
 七日の市長会で「確認」する予定でしたが、複数の市長から意見が出されたため、市長会の人権部会で引き続き検討することになりました。
 報告書案については七日までに、全国人権連と都府県連、大阪自治労連、日本共産党府議団、大東市、泉佐野市、東大阪市、箕面市、寝屋川市など共産党市議団、府的団体などが、「『同和地区』を固定化し、同和行政を永続化させるもの」「同和行政の終結を願う市民・府民の願いに反する」と府と市長会・町村長会に抗議し、撤回するよう求めていました。
 民権連は二日、東延委員長を先頭に、大阪府市長会・町村長会に強く抗議するとともに報告書案の撤回を申し入れました。
 申し入れで、政府は二〇〇二年三月末、「同和地区が大きく変化した状況で特別対策をなお継続していくことは、部落問題の解決に必ずしも有効とは考えられない」として特別法を終了した。法がないもとで府市長会・町村長会が「同和地区」を固定化するものでありとうてい許せないと厳しく抗議。解同府連の要望だけでなく府審議会に委員として選任されている運動団体すべての意見を聞くべきだ、部落問題が解決した状況とはどんな状況なのかを府市長会、町村長会としても明らかにし府・市民に説明すべきではないのかなどと指摘をしました。
 府市長会・町村長会事務局は「各市町村の担当者が代わったりしているので混乱しないよう、平成十四年十一月の府企画調整部長通知を再確認しただけ」「今回(報告書案)については独自でやっている」「指摘をされた解決の形をどう出すか、府と検討したい」などとのべました。
 民権連は大阪府をはじめ府下自治体に、報告書案の撤回を申し入れてきました。

36−2
 大阪府・府市長会・町村長会の「『同和地区』の位置付け、
   呼称問題に関する研究会」報告書(案)について
       2007年5月1日 民主主義と人権を守る府民連合

 大阪府・府市長会・町村長会は、解同府連の要望書(06年5月1日)を受け、昨年6月28日、「『同和地区』の位置付け、呼称問題に関する研究会」(大阪府・府市長会・町村長会)を設置することを確認、7月25日に第1回研究会を開催、それ以後4回の研究会を重ね、報告書案をまとめ、今年3月16日付けで各市町村に送付しました。そして大阪府市長会は5月7日、町村長会は5月9日その報告書案を確認しようとしています。
 内容は、特別法がなくなったからといって同和地区がなくなったわけではないと同和事業を実施してきた地域を今後も同和地区と呼び、行政として差別解消に向けた施策を推進しなければならないとしています。これは、特別法の失効によって地区指定がなくなり、法的根拠がないものを、大阪府・府市長会・町村長会が「同和地区」として復活・固定化・永続化させ、同和行政継続をはかろうとするものです。
 府民からは、歴史的にも許されない暴挙を行おうとするもの、特別法終了後も解同いいなりの同和特別扱い、同和特権を全自治体の名で確定するのか、住民の中に新たな差別と分断を持ち込み、部落問題の解決と民主主義に逆行するもの、との声が広がっています。
 民権連は、大阪府・府市長会・町村長会によるこの暴挙に対して満腔の怒りをもって抗議するとももに、報告書案の撤回を強く求めるものです。そして今回の「同和地区」呼称問題についての見解を明らかにするものです。

 法的根拠がない
 02年3月末、33年にわたる国の同和特別法が終了し、行政による同和対策事業の対象地域として法的に指定されていた「同和地区」はなくなりました。住民は「やっと同和地区から解放された」と歓迎しました。ところが今度は、大阪府・府市長会・町村長会が「『同和地区』の位置付け、呼称問題に関する研究会」を設置して、自治体として「同和地区」を復活させるというのです。報告書案は「特別法が終了しても同和地区はなくなっていない。このことが、同和行政継続の原点で」あるというのです。
 このことは、法的には存在しない「同和地区」を自治体側が復活させ、「同和地区」の固定化と同和行政の永続化をはかろうとする暴挙であり、断じて許されるものではありません。

 国の特別法失効の理由
 政府総務庁は、特別法の失効にともなう「特別対策を終了する理由」について、以下の3点をのべました。
 その第一は、住宅、道路等の物的な生活環境については改善が進み、全体的に、同和地区と周辺地域との格差はみられなくなってきている。物的な生括環境の劣悪さが差別を再生産するような状況は改善されてきた、と33年間の到達点についての評価をしています。
 第二に、「同和地区が大きく変化した状況で特別対策をなお継続していくことは、同和問題の解決に必ずしも有効とは考えられない」、行政施策の性質上、その受益は本来公平、公正に、全国民に及ぶように講じられるべきものであること、国民の一部を対象とする特別施策はあくまでも例外的と行政活動の基本に触れ、これ以上の同和対策の継続はまさしく有害であるとの認識を表明しました。
 第三に、同和地区における同和関係者の転出と非同和関係者の転入の増加による大規模な混住により、もはや行政措置の対象としての地区特定が困難かつ適切でないことを指摘しました。
 これら国の同和特別対策を終了する理由はきわめて合理的であり、33年間の特別措置法の継続における実践と到達点を踏まえて、遅きに失するとはいえ、妥当なものと評価できるものです。国民的な共感と同意の認められるところでもあります。 
三ページへつづく

36−3
 同和行政とは過渡的・
  特例的措定
 報告書案は、「行政用語として登場した同和地区という呼称は、特別対策以前から使用されており、それを使用することは特別対策の終了と何ら関係するものではない」とのべ、だから法終了後も同和地区という呼称を使っても何ら問題はないというのです。
 これは、単なる「法後どう呼称するのか」という問題ではなく、特別法終丁後も同和特別扱い、同和特権の永続化をねらう解同の策謀を全自治体の名で確定しようとするものであり、部落問題解決の到達段階、同和行政の目的や性格を無視した暴論です。
 同和行政は、第二次世界大戦以前から地方改善事業、融和事業、モデル地区事業、同和対策などの名のもとに一般対策のなかで実施されてきました。しかし水準の低い一般対策だけでは、同和地区の居住環境や生活実態に見られた低位性を早急に是正することは困難であったので、同対審「答申」にもとづいて1969年に「同和対策事業特別措置法」が制定されて以来、一般対策を補完する過渡的・特例的な行政上の特別措置が、法的措置にもとづく同和対策として実施されてきたのです。特別対策とは、そのような特別措置を必要としない状態を一日も早く実現するためにとられてきた過渡的・特定的な行政措置です。したがって、事業の進捗にともなって、事業内容と施策対象の限定化、段階的解消、打ち切りが必然化する性格をもっているものです。そして国は、先にものべたように、02年3月末で特別法の終了と一般対策への移行を打ち出したのです。

 部落問題は基本的に
 解決されている
 部落問題解決の今日の到達点をどうみるのか。全国部落解放運動連合会大阪府連(全解連大阪府連)は、部落問題解決の4つの指標である格差の是正、偏見の克服、住民の自立、自由な社会的交流の進展が基本的に達成されたとの認識にたって、04年6月、水平社以来の部落解放運動から卒業し、新たな運動組織「民主主義と人権を守る府民連合」(民権連)を結成しました。
 報告書案は、「教育・就労の分野で課題が見られる」「差別意識が解消されていない」「一定割合の府民が同和地区を忌避している」「特別対策の終了に関係なく、差別する対象としての同和地区をはっきりと意識して」いる、「部落差別は社会の一部に存在し、明確に同和地区に対する忌避という形で意識されている」という。しかし、「一定割合の府民」「社会の一部に存在」とはいかなる意味なのか、「はっきりと」「明確に」意識しているのはどの程度の府民であるのか、どのようにして府民意識調査からそこまで読み取ったのか、その根拠を明確に答える責任があります。
 1986年地対協意見具申は、同対審答申で全くふれていない「新たな差別意識を生む要因」として、「行政の主体性の欠如」「同和関係者の自立、向上の精神のかん養の視点の軽視」「えせ同和行為の横行」「同和問題についての自由な意見の潜在化傾向」の4点をあげました。これらの指摘は大阪の自治体行政にそのまま当てはまるものであり、行政には真摯な反省の態度が求められるはずです。ところが報告書案では、この点での問題意識は全く見られず、府民意識調査での忌避意識の「増加」をあげて差別の原因が府民にあると断定しているのです。しかし府民意識調査の結果は、同和行政を永続化させるために府調査検討会で都合よく“分析・解釈”されたものであり根拠にはなりません。(詳しくは、「大阪府『旧同和地区』実態調査と人権意識調査について」部落問題研究所刊を参照されたい)

 一般対策への完全な 
  移行をはかれ
 特別法終了後は同和行政を廃止し、完全に一般対策に移行すべきです。そのわけは、同和行政とは、特定の地域を「同和地区」と指定し、その地域に事業や施策を重点的に実施する特別対策であって、本来的に分離主義的な「別枠行政」におちいりやすい性格をもっているからです。したがって法終了後も同和行政を継続実施することは、残された課題の解決どころか行政によって新たな溝を作りだし、地域を隔離・分離・固定化させることになるからです。この同和行政がもつ負の側面に思いを致さなければなりません。「同和問題の根本的解決」(報告書案)のためにこそ、同和行政の終結と一般対策への完全な移行が求められているのです。このことは、行政自身が、同和問題の解決のために同和行政を行うというドグマから解き放たれることでもあります。
    四ページへつづく

36−4
 一般に行政がなしうることは、問題解決のための条件整備であって、同和行政も例外ではありません。最終的な解決は住民の自立・自治・主体的力量の成長にあるのであって、行政が最終責任を負うという認識は基本的に誤っているのです。行政自身が、同和問題の解決は行政的措置によって達成できるとする「同和行政万能諭」「行政無限責任論」の呪縛から解放されなければならないのです。

 「同和地区」を
  歴史的存在に
 部落差別は封建的身分制に起因するものであり、同一民族内の問題です。部落解放とは、江戸時代の旧身分のいかんをとわず、人間としての平等、同権を確立し、社会生活においても旧身分による閉鎖的な障壁を打破して、自由な市民的交わりと結合、融合をとげることです。これは「同和地区」内外が水平の状態を実現し、旧身分を理由にした垣根を取り払えば解決できる性格の課題です。
 そもそも「同和地区」という呼称は、02年で終結した国の同和対策事業の対象となった指定地域を表現する行政用語であり、法にもとづいて指定された区域を「同和地区」と呼んだからです。したがって特別法がなくなった現在では「同和地区」は存在しません。そして「同和地区」という呼称を歴史的存在にしていくことこそ「同和問題の根本的解決」につながるのです。

 大阪府や府下自治体は
 解同との癒着を断ち切れ
 今回の問題の発端は解同府連の要望書(06年5月)にあります。この要望書はいかなる時期に出されたのか。それは、05年12月芦原病院130億円貸付のまま民事再生法申請、06年2月大阪市駐車場30年随意契約 飛鳥会に15億円配分、06年4月芦原病院報告書大阪市が自ら「虚偽」精算書作成、06年5月解同飛鳥支部小西邦彦支部長逮捕などなど、解同府連幹部や大阪市による無法、腐敗、利権あさりが次々と明るみに出た時です。この時期に、解同と大阪府・府市長会・町村長会が法終了後も同和行政をすすめるために協議していたのです。ここには、乱脈同和行政への反省は微塵もみられません。同和行政永続化のために策謀をかさねる解同と大阪府・府下自治体の醜い癒着の構造があるのみです。
 報告書案は、いっせい地方選挙で示された同和行政の終結、部落問題解決への府・市民の願いに反するものであり、地域住民への許し難い人権侵害です。しかも報告書案は、大阪における部落問題解決の最大の障害物が、解同と自治体との癒着による同和行政永続化にあることを、府民の前にいっそう明らかにしたものといえましょう。

 NHKかんさい特集「岐路に立つ同和行政
   部落差別にどう向き合うのか」を見て

 十一日、放送されたNHKかんさい特集「岐路に立つ同和行政 部落差別にどう向き合うのか」を見て、まず前回放送されたクローズアップ現代同様に、解同日の出支部の青年が出てきて、「差別を経験した。自分の子どもにどう対応したらいいのか」との話をしているのを見てたまらなくなってテレビを消そうと思った。 
 しかし、運動三団体責任者の談話で、解同だけがまだ差別が根強くあると主張、同和行政は必要と強調しているのに対して、全国人権連は部落差別は基本的に解決している、全国自由同和会は差別は激減しているとのべた。
 和歌山県吉備町、箕面市北芝地域では周辺住民との交流もすすみ差別意識も解消してきていることが明らかにされている。
 こうしたすすんだ住民運動の取り組みの経験などを整理してNHKは放送していただきたい。      (藤本 博)

36−5
 大阪府人権意識調査の虚実 A

 (2)結婚相手を考える際に気になることでの「同和地区」の比重は低い

 調査票の問の二五に「あなた自身の結婚相手を考える際、相手の人柄や性格以外で、気になること(気になったこと)についてお聞きします」という問がある。 回答をみると、「とくに気にしない」と答えた人は二八・三%と三割近くに達している一方で、「相手の経済力」をあげた人は四三・六%、「相手の宗教」三四・〇%、「相手の職業」三三・五%、「相手の国籍・民族」二七・五%、などが上位で、次いで「相手の学歴」二〇・三%となっており、「相手が同和地区出身者かどうか」は二〇・二%と下位にあげられている(表1)。ところが、奥田均氏は「調査検討委員分析」で「同和地区出身かどうか」を「五人に一人以上が『気にしている(気にした)』との調査結果は、結婚における同和地区出身者への差別意識がなお根強く残されていることを教えている」と断定している。しかし、この比率は、結婚相手を決める場合重要な要素といえる「相手の人柄や性格」を除外しての回答を求めた比率であり、数値が過大に出るよう操作されたものであることを考慮する必要がある。しかも、「同和地区出身かどうか」にこだわると答えた人は六位に出てくるものであり、「とくに気にしない」と答えた人の数値よりも低い結果となっている。それをとらえて「五人に一人以上」というのは過大に評価していると言わざるを得ない。
 この問は複数回答を可能とする問であることを考慮して、回答傾向を比較すると、二〇〇〇年の調査では五五六八人の回答者が選択した項目を合計すると一一九一六で一人当たりの平均選択数は二・一四となるのに対し、二〇〇五年の調査結果では二八五八人の回答者が選択した項目は七〇六二で一人当たりの平均選択数は二・四七となる。これは、二〇〇五年調査の方が回答者の選択した数が増え多様化したことを示している。「相手が同和地区出身者かどうか」を選択した数が全体の選択数に対して占める率の変化をみることで、五年間の比重の変化を判断することも可能である。これを算定すると、二〇〇〇年調査では一一九一六の選択数に対して「相手が同和地区出身かどうか」の選択数は一〇一〇で八・四八%となるのに対し、二〇〇五年調査では七〇六二の選択数に対して五七八の選択数で八・一八%となって、二〇〇五年の方がむしろ低下しているという結果が算定される。このような差異も、誤差の範囲と言えるが、二〇〇五年の数値の方が低いという結果は出るのであり、「増加傾向」という判断が下せるものではないことは明らかである。
 なお、「気になること」が直ちに「差別」と断ずることは出来ないことにも留意が必要である。「気になること」は内心に関わることであり、それが外面的な行為にあらわれ他者に不利益をもたらして初めて「差別」として問題化できるものである。この区別をしておかないと社会関係における民主主義の質を検討することはできない。

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 最近乱脈同和問題に関わって、角岡伸彦という人物が新聞や雑誌に登場して発言をしていますが、その発言内容には見過ごせない問題点が含まれています。
  週刊現代・短期集中連載ルポ
 「被差別部落を食い物にしたワルたち」を切る A
亀 谷 義 富

 支部長は、協力金・カンパと称してなんでも5%ピンハネができたのだ。まず各個人給付、たとえば同和奨学金が1人あたり10万円なら、その5%の5千円をピンハネする。改良住宅1棟建設するとすると、その建設費が1億円だと、5%の500万円をピンハネできたのだ。ピンハネはおかしいと支部長に文句を言っただけで除名排除されたのだ。
 ボクの例で言えば、ボクはK支部の同盟員であった時、その時の支部長(ボクの従兄弟だった)に、同和奨学金まで強制カンパさせるな、と言って強制カンパを拒否したら、たちまち奨学金を打ち切られ支部から排除されてしまったのだ。
 角岡氏は、「口利きしたのだから、もらうのは当然、というのが小西の論理である。その論理が、今回の駐車場を舞台にした飛鳥会事件にもつながった。」とさらっと書いているが、5%ピンハネの論理を肯定しているかのようだ。小西に限らず5%ピンハネの論理が、解同運動の論理であることに、角岡氏はふれていないのだ。
 つまり角岡氏は、新聞は小西の悪いところばっかり書いている、良いところももっと書けと言いたいのだ。新聞が書かないのなら、オレが書くというわけだ。「支部長としては尊敬してます」という50代の女性の発言を載せてみたり、「お年寄りには親切」との評判があったと書いたりして、小西という人間を最後にこうまとめるのだ。「小西ほど、清濁あわせもった人間はいない。・・・しかし、逮捕起訴されたから、何を書いてもいいと言うことにはならないだろう。」逮捕されようがされまいが、起訴されようがされまいが、小西という人間がいかに部落解放運動を汚し冒涜したかということを書くのがまともなジャーナリストのすることではないのか。

(4)「第3回、逮捕されて クビになった大阪市幹部 が真相告白」を切る

 副題が「飛鳥会事件に頬被りする行政の無責任」とある。逮捕された大阪市幹部に角岡氏がインタビューしている。「終わりなく事なかれ主義」と角岡氏が書いているように、逮捕された幹部も、小西も事なかれ主義による犠牲者であるという論調である。「逮捕のきっかけになった保険証の詐取は、30年前から代々引き継がれていたものだったからである。」と、角岡氏が書くように、小西が30年にわたって詐取していたのである。「元館長は、愚直なほど職務に忠実な人だった。しかし、その性格が今回の事件につながったといえなくはない。」などと、角岡氏は元館長を弁護するのである。真に「愚直なほど職務に忠実」ならば、不正を正すのが公僕たる者のすべきことではないか。
 角岡氏は、「保険証の詐取は、小西個人の犯罪であるが、それを生んだ土壌として運動団体と市のいびつな関係があることも指摘しておきたい。」とええかっこしておいて、「飛鳥会事件と市の同対事業の存続は、別問題である。」「特別扱いしないことが、本当の意味で差別をなくすための最短の施策というのは、詭弁ではないか」などといって、「変節する大阪市の姿勢」と結論づけるのである。   
           七ページへつづく

36−7
 角岡氏の真意は何か、同和行政をまだまだ続けなさいということなのだ。「改めて問われる事業の功罪」として、「同和行政にかかわる不祥事は、部落・運動団体側に問題がある場合がほとんどである。しかし、悪事を看過、協力、教唆した行政側は、共犯者と言える。」と高見の見物を決め込んでいるが、角岡氏は解同の手先(?)として売文家業をしてきたではないのか。

(5)「最終回、いま明かさ れる『飛鳥会事件』の真 実」を切る

 副題が「『支部長の犯罪』を”エセ同和”と切り捨てた解放同盟の自縄自縛」とある。角岡氏は、「小西はれっきとした部落解放同盟の支部幹部であり、彼がおこなった犯罪をエセ同和行為というには無理がある」などと書いているが、解同自体がエセ同和団体でありエセ同和行為を行ったという認識が欠如しているのだ。
 40年前から小西を知るという同盟員にこう語らせる。「あいつはヤクザやからあかんという発想は、ワシにはなかったわ。」「共産党に対抗するためには、そういう連中も動員せなならん。そんなんがおったほうが便利ええ。」そして、「65年の同和対策審議会答申の評価をめぐり、解放同盟と日本共産党は見解を異にし、70年前後から両者の対立が激化する。府連は行動隊をつくり、副隊長に小西が就く。隊長は小西と同じ、元ヤクザだった。行動隊は、府内の同和対策事業や運動に主導権をめぐる対決場面などで腕力を発揮する。」とまとめている。
 65年に解同京都府連で、朝田善之助による反対派の除名・排除(朝田は同対審答申の評価の相違を理由としているが、実際は共産党支持者の排除が目的)から始まって、70年前後にそれがピークに達したのだ。その結果、解同に対して真に部落解放をすすめる大衆団体として全国部落解放運動連合会(全解連)が結成されたのだ。
 細かいことになるが「隊長は小西と同じ、元ヤクザだった。」と角岡氏は書いているが、この隊長はEのことを指しているのであれば、事実誤認だといいたい。Eは、ボクの叔父で、70年当時、解同の専従で行動隊長だった。叔父は解同の運動で飯を食っていたわけだ。この叔父が、この当時ボクに話していたことで耳に残っているのが、「あの**支部長の**、それから**支部長の**、・・・みんな現役のヤクザや。ヤクザをやめて運動をするのならいいけど、本職のヤクザ稼業をしながら運動をするのはあかん・・」という言葉だ。まあ、叔父のEもいろいろ問題のある人物であったが、元ヤクザではない、念のため。
 角岡氏は、結局は同和事業を続けよと主張するのだ。「いまださまざまな問題を抱える部落に、何らかの施策は必要かもしれない。しかしそれは、これまでの同和行政を総括した上で、という条件を付さなければならない。」条件付きで同和事業をやれと言っているのだ。
 最後に「今後、どんな地域や社会を目指すのかということが、私を含めた部落民ひとりひとりに問われている。」としめくくっている。角岡氏よ、「部落民」と言っている限り永遠に解決はないのだ。              (おわり)

   同和行政終結に向けた
    運動交流のご案内
日 時 6月9日(土)
      午後1時30分〜4時30分
場 所 民権連事務所 3階会議室

各地の同和行政終結を求める運動を交流、学び合い、大阪における
部落問題解決の最終段階の運動を構築していきましょう。

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 不起訴不当の怒りと世論を大きく
       関市長らの起訴求め市民集会

 「同和行政の終結と関市長らの起訴を求める学習・スタート集会」が八日、北区中之島中央公会堂集会室で開かれ百四十人を超える市民が参加しました。
 同集会では、「不起訴不当」という怒りと世論を結集し、検察審査会への要望書運動をおう盛に広げることを確認し、「責任者出てこい!芦原病院事件の市長責任を問う市民の会」が結成されました。
 集会は、大阪市をよくする会が、補助金の不正流用など芦原病院問題の幕引きや風化を許さず、背任容疑で告発されながら不起訴処分となった関淳一大阪市長らの起訴と、同和行政の終結を求めていこうと開いたものです。
 関市長らを告発している姫野浄元大阪市議と、おおさか市民ネットワークの藤永延代代表は四月十三日、不起訴を不当として検察審査会に審査申立書を提出し、受理されています。
 姫野、藤永両氏がそれぞれ、「嫌疑不十分として巨悪を見逃すことのないように、真実にもとづき正義の立場に立った答えを(検察審査会)出していただきたい」「市民が立ち上がって、大阪市の体質を変えていくためにがんばっていきたい」と発言しました。
 告発代理人の伊賀興一弁護士、吉岡孝太郎両弁護士は、歴代市長がいかに部落解放同盟幹部のいいなりになってきたかを示す「解放新聞大阪版」などを示し、今回の検察審査会への申し立ての意義と役割、不起訴理由の再検討などについて報告しました。
 民主主義と人権を守る府民連合(民権連)の谷口正暁書記長は、「行政と『解同』がいっしょになって、摘発と『解同』批判の封じ込めの策動をしている」とのべ、「同和地区」の呼称問題について報告しました。

 「貴重な税金認識薄い」
  旧芦原病院問題で最終報告書

 大阪市の同和対策の医療拠点だった旧芦原病院(浪速区)=破産手続き中=の補助金不正流用問題などを調べていた市の「芦原病院調査委員会」(委員長・高見広弁護士)は十一日、「市民の貴重な税金を預かっているという認識が薄い」などと改めて市を批判する最終報告書を関淳一市長に提出し、同日解散しました。
 調査委は昨年三月に設置され、〇二〜〇四年度の補助金計四億八千九百面円が全額不正流用されていた事実をなどを明らかにしました。
 最終報告書では、市が病院に融資した百三十億円を焦げ付かせた点などについて「市民の目線で事業を遂行しているとは言い難かった」と判断。「民間企業と同様に、市も不必要かつ無駄な支出をなくすために合理性の追求が必要」とする意見を付け加えました。
 同病院は経営難から〇五年十二月、民事再生法の適用を申請したが、〇六年十月、「巨額の債権放棄は市民の理解を得られない」と市議会に約百三十八億円の債権放棄案を否決され、破産手続きに移行し、病院の経営は昨年四月、別の医療法人に譲渡されています。