2013年8月15日

  民主と人権第110号

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 民権連長瀬支部
  第50回納涼盆おどり大会

 猛暑がつづく8月2日、民権連長瀬支部と長瀬北地区盆おどり実行委員会の共催で第50回納涼盆おどり大会を開きました。会場は東大阪市のハムコソ神社。
 開幕はやぐらの前の特設舞台で天満鈴若とその一味による太鼓と三味線ショー。踊り子も見物人もクギ付けでした。
 豪華景品を用意してのジャンケン大会では舞台の上の手の動きに目をこらします。一番は扇風機、二番から5番まで景品が当たります。負けても子どもや65歳以上のお年寄りにはもれなくお菓子を渡して喜ばれました。また、50回記念クジ引きでは、50人に景品があたるクジを入口で引いてもらいました。景品の番号が呼ばれると手に持ったクジに目を通して、「私、当たったうれしい」とクジを見せながら舞台にかけよります。
 その後、天満鈴若とその一味による江州音頭、河内音頭、おどり太鼓にあわせて、踊りの輪も広がり、うちわを片手に揃いのハッピ姿の踊り子さんや浴衣姿の老若男女が威勢良く踊りました。
 周りで踊りを見ている人には踊ってくださいと声をかけ、踊っている人にうちわとタオルを渡します。また、踊りの合間にはお茶の接待にと実行委員は大奮闘です。
 何事もなく無事に終了することができ、50回を記念する盛大な盆おどり大会となりました。

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  今年で50回を迎えました
    長瀬支部の盆おどり大会

 長瀬支部納涼盆おどり大会は今年で50回を迎えることができました。
 その歩みを振り返って見ると…………。
 62年(S37)6月、「団結こそ宝」を合言葉に部落解放同盟蛇草支部を結成。会員や住民から、年に一回はみんなが一緒になって楽しめるとりくみをしたいという声が出され、翌年から盆おどり大会にとりくむことを決めました。
 第1回は、63年(S38)8月の2日間、部落解放同盟蛇草支部(現民権連長瀬支部)と長瀬北地区盆踊り実行委員会の共催でハムコソ神社を会場に行いました。
 大工をしていた会員有志が手作りのやぐらを作り、婦人部が揃いの浴衣を準備、音頭も隣町で江州音頭を歌つて回っている方々に依頼、手作りのポスターはり、商店街などへの寄付回り、早朝からのやぐら建てなどに汗を流しました。
 当日は、江州音頭と踊り太鼓にあわせて、揃いの浴衣の女性や子ども、仮装した人など、老若男女が二重三重に踊りの輪をつくり夜の更けるのを忘れて踊りました。住民からは、「これまでは近くのまちの盆おどりに行ってたが、自分の所で踊れてうれしい」「毎年つづけてや」などの喜びの声が飛び交いました。
 第5回は、67年(S42)8月、2日間の日程でハムコソ神社で盛大に行いました。
 第10回は、72年(S47)8月。矢田事件を利用した解同府連と東大阪市による「窓口一本化」による支部への分裂攻撃をはね返そうと団結して、盆おどりを成功させました。
 第15回は、77年(S52)8月16・17日の両日、長瀬北小学校校庭を借りて蛇草病院、劇団息吹、市職労保育所支部、桂文福、野田淳子さんらの協力をえて、二日間で7千人の人たちが参加し、盛大に行いました。
 当日は、全解連蛇草支部結成15周年を記念して、ちびっ子のおばQ音頭で幕開け、昔ながらの江州音頭に時のたつのも忘れて老若男女がやぐらのまわりに幾重もの輪をつくり踊り続けました。特設ステージではフオークソング、のど自慢、野田淳子さんの歌声が響き、劇団息吹の太鼓に聞きほれ、提灯が一斉に消されると打上花火を見上げて拍手喝采でした。
  第20回は、82年(S57)8月6日、市営住宅23号棟東側広場を会場に開きました。
 当初は北蛇草公園を借りて行う予定でしたが、公共施設の公正使用の実現を怖れた解同支部が妨害。東大阪市が彼らの介入に動揺し、同日付の使用許可書を解同支部にも発行するという行為に出たため、市に新たな会場を確保させて、盆おどり大会を開催しました。
 第30回は、93年(H5)8月7・8日、ハムコソ神社で開催。天満鈴若とその一味による江州音頭や河内音頭が披露され、軽快な河内音頭にのって2日間で千人が集いました。
 第34回は、97年(H9)8月2・3日の両日、ハムコソ神社で開催。2日は大道芸大会、猿まわし、ピエロ、あやとりなど、子どもたちは身近に見る猿の芸に目を見開き、一つひとつの芸に大きな拍手。猿との握手もうれしそうに手を出していました。3日は、天満鈴若とその一味による河内音頭、三味線や太鼓にあわせて、老いも若きも音頭と踊りに最高潮にビンゴゲーム、ジャンケン大会と全員が参加したとりくみが
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交流と親睦をいっそう深めました。
 その後、一度も中止することなく今年の50回を迎えることができました。
 第一回から参加した婦人は、「第一回は一晩でも二晩でも寝ないで踊れたが、今は足も悪く少ししか踊れなくなったけど楽しい」。「色んな苦労があったけどみんなの力で50回続けられたのは本当にうれしい」と語っていました。
 支部では、しんどいけど来年も盆おどり大会を行うことを計画しています。

 「部落問題学習」をやめさせよう 

 大阪府人権教育研究協議会(大人教)は、大阪市を除く大阪府下衛星都市の人権教育研究組織の協議体です。府外教や府立人研などとともに大人連を構成して全人教に加盟しています。大阪市は市人教として全人教に加盟、理事も出しています。
 府教委は大人教への補助は廃止したもの依然として後援はしています。各市では減額していても補助金は継続しているようです。(大阪市は2007年補助金廃止。しかし、教育センターを会場に提供するなど市教委は丸抱えで活動を保障しています。)
 大人教は毎年、開催地を府下ブロック毎に順に研究大会を行っています。今年は堺・泉北大会だそうです。

 「すべての校園所で部落問題学習を」を掲げる市人研

 「すべての学校園所で部落問題学習を」と掲げている市人研があります。幼稚園・保育所でどんな部落問題学習をするというのでしょうか。「みんな仲良くしよう」という実践は「部落問題学習」と名付けるまでもなく、教育であれば当たり前の実践でしょう。「部落問題学習」と掲げなければ実践できないとすれば、その方がおかしいでしょう。

 教材づくり・学習プランづくりが流行

 各市・地域の人研組織で争うように「部落問題学習」の教材や学習プランづくりがすすめられています。
▼箕面「全ての学校園でとりくめる人権・部落問題学習プラン」「模擬授業『女性解放と水平社』」、▼豊能町「おたまさんのおかいさん」を共通教材として実践し資料化(柏木注 「おたまさんの…」は大阪市内の話をもとにしたもの。なんで豊能で?)、▼茨木「茨木発人権学習授業プラン集パート1」づくり、▼摂津「だれもが部落問題学習を進められるよう『授業書』づくり」、▼吹田「授業づくりや教材づくりのヒントを発信」、▼松原「部落問題についての模擬授業や研究授業」、▼富田林市「絵本『ひらがなにっき』を活用した授業の指導案づくり」、▼貝塚「小中学校での学習プランの作成。これまでに『解体新書』『水平社宣言』『統一応募用紙』などを研究。」、▼泉南市「すべての学校園所で部落問題学習にとりくめるように具体的な教材づくり。昨年は『水平社宣言』の学習プラン。」、▼岬町「紙芝居。岬町のすべての小学校で共通プランを用いて授業。」、▼熊取町「中央小・西小・南小の3校で共通の内容を取り上げて授業を展開」。
 かつて副読本「にんげん」が全児童生徒に配布されたときですら、特定の教材を共通教材として全校で教えようというのは、府下のごく一部で行われていただけでした(堺市など)。「にんげん」の配布がなくなったことで、逆に各地域での教材・授業づくりが活性化しているように見えます。
 地域での教材作りの「成果」は府教委作成の「人権教育教材集・資料」CDにも収録され、府教委と大人教の連携が実っているようです。(市人教も府教委CDにもとづく実践集を作成し、ここでも府市一体?を思わせます。)

 地域に目を向けない「教材」「プラン」づくり

 しかし、これらは大きな問題点をはらんでいます。かつて「同和教育」こそ、
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 地域に根ざし、地域の実態に即した教育を求めるものでした。「解放教育」論者から「靴底減らしの同和教育」という言葉がだされたこともありました。「すべての学校で共通プラン」などという発想は思いもしなかったものです。理科や算数における「重さ」の学習ならともかく、部落問題にかかわって、「だれもが取り組める授業者」「すべての学校で共通プラン」なんて耳を疑うものです。「誰もが取り組める」「共通教材」は地域や子ども、教職員の実態の具体的な姿に目を向けないものにならざるを得ないからです。
 差別はなくさないといけないと、教員が学習し教材を工夫し、一つの教材や授業プランという形にまとまれば、「研究した」という充実感と、とりあえず授業が成立する見込みがたつ安心感などが得られることでしょう。人研組織の報告の行間には、そんな気持ちに若い教員が引き込まれている様子を感じます。

 今日の部落問題の到達点を踏まえていません

 同和対策の特別措置を続けることは問題の解決につながらないとした法終了の趣旨を理解していません。部落差別が基本的に解消したという現実を見ないで、まだ差別はあるのだということを強調する実践になっています。小学校教科書から「部落」「同和」などの言葉や賤称語が書かれなくなったという到達点があります。学校で「部落問題学習」として特別扱いした結果は府民意識調査の分析でも「学習経験を積むほど、『就職差別や結婚差別は将来もなくすことは難しい』という悲観的な意識が広がったということも指摘しておかなければなりません」と指摘されているほどです。
 (ある人研組織がつくった物語「渋染一揆」が府教委の人研教育教材集資料CDに収録されています。旧「にんげん」の「渋染一揆」は江戸時代になかった「部落」という言葉を使った話で時代を無視したものでした。CD収録の「渋染一揆」は「部落」を使わず、もちろん「かわた」や賤称語も使わず、読むだけでは身分制についてなんの話か分からない文になっています。逆に言えば、教科書も府教委も小学校では「部落」「同和」などの言葉は教材として不適切という合意ができていると見ることができます。)
 流行している「部落問題学習」は、今日の校区の子どもたちや保護者、住民の暮らしや仕事の現実、格差と貧困の広がりに目を背ける役割をしています。子どもたちの生活や学習の困難の背景にある格差と貧困を、ありのままにとらえ、その中に輝く人間としての尊厳や連帯、成長に光をあてていく、そんな地についた実践が求められているのではないでしょうか。自分の学校の子どもたちや保護者の暮らしや仕事と離れた「部落問題学習」の共通教材や授業プランは、一見、授業が成立するように見えても、子どもたちの反抗に会うことになるでしょう。

 ステレオタイプの「部落」食肉・太鼓・かわ… フィールドワーク

 「部落問題学習」とかかわって流行しているのが、食肉・太鼓・皮革などを部落と関連して教えることです。また、「人権文化センター」などをフィールドワークとして訪問することです。
 ▼摂津市「『も〜お〜うしです』の公開授業」、▼中河内人研「ブラシ植え体験」、▼堺市A中「食文化にふれる」「試食体験」、▼阪南市B小(2011年)4年「職人の技」太鼓づくり、6年「食肉」、▼大東市C小(2010年)「いのちの食べ方」「も〜お〜うしです」。
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フィールドワーク(以下FWと略)は、人研組織や学校だけでなく教育委員会も初任者研修などで実施しています。初任者研修は法定の強制研修ですから初任者には拒否できません。FWに行って見ても、普通の町で同和対策事業で建てられた公共施設が目立つだけです。見ても分かりませんから、そこで部落解放同盟の人の話を聞くことが主なねらいになります。
 部落解放同盟の人という肩書きではなく「人権協会」であったり「NPO」であったりしますが、話の中身は部落解放同盟側の話です。(最近、ある市の初任研の内容が判明しましたが、もろに部落解放同盟の話で、驚きました。)
▼池田「人権文化交流センターや周辺地域のFW」、▼豊中「水平社博物館へのFW」、▼箕面「研修ツァーで水平社博物館・西光寺へ」、▼豊能町「新任の教職員と他地域から転任されてきた教職員を対象にFW」、▼松原「人権まつばらFW」、▼東大阪市 市教委がFW、▼中河内人研「毎年、8月に地域のFW」、▼羽曳野人研・南人教共催・羽曳野市教委合同「南食ミートセンターFW」、▼河内長野市「毎年、現地に出向いてFW」、▼大阪狭山市「例年FW」、▼南河内郡東部「水平社博物館とFW」、▼大阪市教委 初任研「リバティおおさか 地域研修推進委FW」。
 部落問題学習のステレオタイプ化です。府教委の人権教育教材集CDに「カラスのイメージは?」というのがありますが、府教委や大人教に「部落のイメージは?」と問わねばなりません。

 今も「ムラ」よばわり

 大阪府教委は民権連の「『ムラ』などをやめさせること」という要求に対して「ご指摘のような表現による誤解や偏見を避けるため、教材の見直しを行いましたが、今後とも、使用しないように取り組んでまいります。」と回答しています。たしかに大阪では公表されている文書からは姿を消していますが、大阪府北部のある中学校の2013年度「人権教育方針」には「ムラの親の思い」「ひとりのムラの子が」と書かれています。

 中学生が「私は部落民です」

 大阪市教委は民権連の「部落民宣言をさせるな」という要求に対して「今は、ないと思いますが。」といい、民権連は「いや、残っており、あってはならない。」と表明していました(2013年3月)。つまり「あってはならない」こととして市教委も認めていたことになります。
 しかし、2013年6月に行われた大阪市人教大会報告集によれば、A中学校の卒業式の答辞で「私は部落民です。でも、私はそれを理由にA中で差別されたことがありません」と表明しています。最後の授業である卒業式でのこの表明はA中の3年間の教育の中身が問われるものです。
 また同じ報告集でN中学校は「『自己開示』を可能とする集団づくり」を目指しているといいます。実践報告では在日韓国朝鮮人である子が自分のルーツを語れるようになった例です。(このN中学校で「先輩教員」が取り組んできたという実践は「部落民宣言」です。来年度は小中一貫校として全市から新転入生を受け入れることになり、1人1台タブレットパソコン、英語検定、などを「売り」にしています。人権教育方針が変わるのかどうか注目されるところです)。
 「部落民宣言」は「部落民」にこだわる部落解放同盟の綱領にもとづくものであり、教育への運動の持ち込みそのものです。

 国民融合の流れに逆らう全人教

  狭山事件を教育に持ち込む全人教

 全人教大会報告資料集は「研究課題」で、「具体的な人権課題を通して、普遍的な人権概念が腑に落ちてわかると、その感覚や意識を基に、自分の身の周りで起
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こっていることや社会的な諸問題の中にさまざまな人権問題があることに気づくことができるようになります。」とし、その例として「例えば、狭山事件をとりあげ、石川一雄さんの生きざまに学ぶことができます。」と書いています(P15)。
 1970年の第22回大会から全同教は「解放教育」として教育に運動を持ち込み、狭山事件を取り上げるようになりましたが、今日も姿勢は一貫しています。 奈良県のT中学校の報告は、「職員室に石川一雄さん逮捕」の写真を掲示し、学習につなげているというものです。「職員室には『T中学校から第2の石川さんを出すな』という『狭山』の教訓を継承し、すべての子どもたちの学力を保障しようという教師の姿勢を確認するため『石川一雄さん逮捕』の写真が貼られています。それに興味をもったD君の『これ誰よ?』から、部落差別の歴史を知り、『もっと部落のことを知りたい』」となったのです。
 熊本県のK中学校の報告は、5月23日(狭山デー)に人権集会を行い、「狭山」現地調査報告をしているといいます。
 「7年前から5・23校内人権集会として、解放子ども会が全校生徒の前で『狭山』現地調査報告をしている。昨年の4月、ムラのおばちゃんの『狭山』へのこだわりと生き方の話を中学部で聞いた。その時子どもたちに『もし5・23校内人権集会をやめよう。狭山現地調査報告をやめよう。ということになったらどうする?』と問いかけた。すると当時1年生のさちこが『K解放子ども会として、続けさせてください、と先生たちに言いに行く。』と答えた。2年生のみか、3年生のあみは『そんなことは許せん。』と言った。そうやって現地調査報告の訴え文を綴っていった。」(P178)。

 子どもたちを「部落」と「部落外」に区分けする教育
  人権教育は身元調査をしてよいのか

 全人教は「研究課題」で「2011年3月熊本県人教が実施した『中学卒業生進路状況調査』によると、部落出身生徒の高校進学率は、この20年間で最も低い数値になった」と書いています(P9)。このとおりだとすると、熊本県では各中学校が「部落出身生徒は何名、うち高校進学者は何名」と実数を県人教に報告し進学率を計算していることになります。学校が個人を特定して「部落出身」かどうか調べることは許されるのでしょうか。各地の報告を見ると、以前として「同和地区」「被差別部落」「ムラ」と呼称し、子どもたちを「部落出身かどうか」で色分けしている指導者のまなざしがうかがえます。
 岡山県の報告「Bの母親は同和地区出身である。母親は他地区の男性に嫁いだが、Bが幼少の時離婚し、実家に戻った。」
 宮崎県の報告「願い出て『ムラの子が顔を上げられる授業』を目指して江戸時代身分制の授業をさせてもらった。しかしその後の授業の後で差別発言があった。本校の課題は、ムラ以外の子どもたちがともに反差別の仲間になる授業だと気付いた。」
 鳥取県の報告「○○地区・○○地区・○○地区と三つの地区公民館があり…。…○○地区・○○地区には部落があります。…ムラ出身でない私はなじめていませんでした。」
 大阪からの報告には、「同和地区」や「被差別部落」という言葉は出てきません。それは府民の批判の高まりや大阪における部落問題解決の到達点を反映したものです。
 大阪の報告では代わりに「地域」という言葉が使われています。府教委に聞くと、地域とは校区のことだといいのがれます。「地域」とは「同和対策事業の対象地域」と主張できないことを分かっているからです。
 そうであるなら、部落問題解決に逆流する全人教に参加することや、公費で出張することは見直すべきではないでしょうか。
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 部落民や立場の自覚を求める教育
  解同路線の教育への持ち込みは子どもの未来を踏みにじる

 香川県の報告「前任校では、学習会が補充学習だけでなく、解放学習会としての取り組みが色いろあった。それを通して、子どもたちが社会的な立場を自覚する。
 勉強を重ねていくなかで、子どもたちは『なぜこのような差別があるのか』『将来、結婚する時に差別されるのか』という不安をもつ。」
 滋賀県の報告「人権劇がおわり、Aがステージの上で語る番になった。Aの『私は部落に生まれました』という言葉に、一瞬ではあるが確かにその場の空気が変わった気がした。」中学生Aの言葉は、劇を終えた後に一言ずつ自分の思いを発言する場面で、本人が母親と相談して書いた言葉だそうだ。
 学校の教師や地域の職員の直接の指導によるものではないようです。それを「立場宣言」と見出しにする指導者のまなざしは、「部落民」を前提とする解放同盟の路線と共鳴しています。

 異常な島根県の人権・同和教育専任教員教育
   事務所管内の同和地区出身生徒が在籍する高校と連携・協力

 島根県では「人権・同和教育専任教員」というのがあり、県立学校4校に配置されています。勤務校以外の「同和地区出身生徒」を訪ね、「奨学金担当」として保護者と面談したりしています。いまだに「同和地区出身」を行政が特別扱いしています。

 学校の「部落問題学習」が問題解決をはばむ
  若い教員に解同の運動を教え込む姿勢

 全人教は埼玉県の中高生人権意識調査をもとに、「同和問題(部落差別)について知ったのは、誰(何)からですか」では、「学校」82%という数字をあげています。
 全人教の基調提案では「社会科の身分制度の授業にかかわって、賤称語を使った差別発言や差別落書き事件などが、毎年あとを絶たず各地で生起」と、学校で教えることが問題を生じさせていることを認めながら、「歴史的事実を伝えるだけでなく、補助教材や資料を活用しながら、人間の尊厳をかけて差別とたたかってきた人びとのたくましさや生き方に視点をあてた学習を展開していくことが大切です。」とさらに肥大化した特別扱いを求めています。
 宮崎県の報告では小学校6年で「部落問題学習」と称して歴史で10時間を費やしています。(東京書籍の例では歴史のうち室町時代以後は47時間の扱いですから、10時間の部落問題学習」はどれだけ多いかわかります。)
 その結果、アンケートでは、「差別される人はかわいそう」と答えたのは全体の9割から学習後には半減、「ぼくも被差別部落の末裔だったらいいなと思った。」と書いた子どももいたといいます。
 しかし、日本国憲法第97条には次のように書かれています。「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及 び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」
 「部落問題学習」なるものが、解同の運動を正当化することはあっても、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」を学ぶことにならないということは明らかです。
      (柏木 功)

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 3議席から8議席へ
    辰巳孝太郎氏議席獲得

 第23回参議院選挙は7月21日投開票の結果、日本共産党は比例代表で5議席を得るとともに、3つの選挙区で勝利。主要政党が激突した大阪選挙区(定数4)で新人の辰巳孝太郎氏(36才)が46万8904票を獲得し、98年以来15年ぶりに同党の議席獲得を果たしました。党全体として改選前の6議席から11議席に躍進し、議案提案権を獲得。10議席以上になったことから、議院運営委員会に委員を出し、本会議での発言権を持つ院内交渉会派になりました。
 辰巳氏当確の一報が流れた21日夜、大阪市中央区の選挙事務所では、詰め掛けた支援者から「やった!」「すごい!」の歓声が起きました。駆け付けた辰巳氏は何度もガッツポーズ。事務所はコータローコールと拍手、歓声、「ありがとう!」の声に包まれました。

 歴史教育者協議会が大阪で全国大会 

 歴史教育者協議会の第65回全国大会・大阪が8月2日〜4日、吹田市の関西大学・千里山キャンパスで開かれました。歴教協と同実行委員会が呼びかけ、650人余が参加しました。1日目の全体会では、「地域に根ざした小学校の歴史教育―岸和田だんじりから始める」(大阪歴教協 山下 悟)の実践報告が行われ、子どもたちの意欲あふれ、生き生きと活動する様子が報告されました。内田樹神戸女学院大学名誉教授が「ポストグローバル期の国民の歴史―日本社会はこれからどうなるのか」と題して記念講演。多国籍企業の目先の利益追求の暴走をするどく分析。橋下徹大阪市長の最低賃金廃止の主張は大阪の最低賃金が800円で、人件費を安くし、3人雇うというあまりにもひどい考えで、日本の企業の要請に立つものだと告発しました。文化行事は旭堂南陽さんの講談、左甚五郎の人情話。「初めて講談を拝見した。商人の街である大阪にぴったりの演目で楽しませていただいた」との感想が寄せられています。3日〜4日は24の分科会に分かれてレポート報告、研究討議。3日の夕方は大阪の各分野の第一線で活動している人を招いての「地域に学ぶ集い」。14の分野にわかれて報告が行われました。民権連の谷口正暁委員長は「人権教育を考える」と題して、地域の変貌、「解放教育」を検証する、あたりまえの教育を求める、「人権教育」「部落問題学習」を考えるなど、大阪における取り組みを報告しました。