2013年7月15日 

   民主と人権 第109号

109−1
 橋下市長の「慰安婦」暴言に
   国内外から厳しい批判

 「維新の会」橋下市長の「慰安婦」問題での暴言以降、国内外から厳しい批判の声が寄せられています。大阪市役所に寄せられた意見は、5月13日から現在まで約1万件を突破しているといいます。
 地方自治体では沖縄県議会や京都市、北九州市、堺市、吹田市、高知市など30の地方議会が決議し、大阪女性弁護士102名、24の沖縄県女性団体連名で抗議が寄せられています。
 国連総長はじめ、アメリカニュージャージー州議会、大阪市と姉妹都市のサンフランシスコ市議会、アメリカ外務省、ロシア外務省、ノーベル平和賞受賞女性活動家、国連社会権規約委員会からも寄せられています。
 大阪府堺市議会は6月24日、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長の「慰安婦」問題に関する暴言に「断固抗議」し、橋下市長と、維新共同代表の石原慎太郎衆議院議員の公職辞任を求める決議案を、賛成多数で可決しました。

  オスプレイの飛行訓練反対

 6月6日、「維新の会」橋下徹共同代表・大阪市長、松井一郎幹事長・府知事が、八尾空港でのオスプレイの飛行訓練受け入れ検討を安倍首相らに申し入れた問題で、田中誠太八尾市長は「到底受け入れられない」と反対を表明し、八尾市議会も「維新の会」を除く全会派が反対決議。
 八尾空港は大阪府東部の民間空港で、普天間基地と同じように市街地のど真ん中にあり、周辺には住宅地や学校施設が密着し、セスナ機やヘリの墜落などの事故がしばしば起きています。その八尾空港にオスプレイを誘致するなどは正気の沙汰ではありません。
 6月23日には、八尾市内で市民らが抗議集会・デモを開催。「八尾からも日本からも!オスプレイはいらん」などと書かれたプラカードを手に、市内外から約300人が参加し、集会後「安倍首相は検討作業を中止せよ」などと唱和しながらデモ行進しました。
 集会参加者は、「びっくりしました。オスプレイも米軍基地も、人ごとでなく、自分たちの問題だと実感した」、「橋下らは点数かせぎのため言うたんやろ。近くで民間機や自衛隊のヘリが墜落したこともある。その上に軍用機なんて危ないものを」と語っていました。

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  法終了後11年
  (座談会)「能勢町・豊能町・岬町」方面を歩く

 4月17日に能勢町・豊能町・茨木市・島本町を、5月2日に岬町・泉佐野市を歩きました。これでこの一年間で府下のほとんどの地域を見て歩くことになりました。その中で見えたこと、感想などのべたいと思います。

(司会)まず能勢町のA地区を見てどうでしたか。
(A)落ち着いた農村の住宅地でした。
(B)どの家も大きかった。
(C)人権文化センターと児童館が閉鎖されていました。
(D)相談事業は役場に移りましたと入口に書いてありました。
(E)能勢町同和事業促進協議会の看板が立っているのが気になりました。
(C)「差別止めてみんな仲良く」という看板です。地域内だけでなく道路ぞいにもあっ た。
(A)何でここが、「部落」かという感じでした。
(C)あの近くに府民牧場があって、あそこに学校を統合しようとしたけど、住民の反対 で中止させています。
(B)大阪市もいろいろ閉鎖した。規模は小さいけど大阪市のミニ版やね。
(A)大阪市のミニ版が大阪府の北の方でも起きているということやね。

(司会)豊能町のB地区ははどうでしたか。
(D)人権文化センターには、2人の職員がいて、2階建てのわりと大きな建物でした。 児童館や隣の公園は閉鎖されていました。
(E)普通の山村というか農村というか、普通の町でしたね。
(A)80世帯の人が暮らしているということでした。そこの職員と話をしたら、「私こ こへきて3年になるけど、『部落』とか全然意識しなかった」と言っておられました。
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(C)児童館が閉鎖されていて、看板まで外してありました。パソコンはあったけど物置 でしたね。
(B)何でここが「部落」になったのか疑問ですね。旧街道沿いの管理などがあったので しょうか。

(司会)茨木市のC地区はどうでしたか。
(A)3階建ての巨大ないのち・愛・ゆめセンターでした。駐車場も広かった。犬の予防 注射をしていたので結構人が集まっていたけど。
(B)青少年会館がいのち・愛・ゆめセンターの分館になつていましたね。ここも青少年 会館が閉鎖されていました。
(C)分館の体育館は使っていたから、体育館としての機能は残したのかなあ。
(E)能勢町、豊能町、茨木市に共通しているのは、いずれも青少年会館が閉鎖されてい ることです。
(D)なぜ閉めたのかというとお金の問題かな。維持しようと思ったらお金もかかるし。
(B)職員を配置しようと思っても利用者が少ないのに、配置するのは無理がある。
(A)利用者が少ないところは職員がおっても仕事がないわけや。果たしてつくる必要が あったのかな。
(C)建てるんやったら、地域外に建ててみんなが利用するようにしたら良かったのに。 もったいない話や。
(B)いのち・愛・ゆめセンターの中は、雑然としていた。掃除も行き届いてなかった。
(E)巨大な建物すぎて手がまわらんのやろか。
(A)職員は事務所にようけおったよ。事務所には輪転機をはじめ紙折機まであった。し かし中は雑然としていた。
(D)今日の利用予定も2つだけ。周辺にはいっぱい住民がいるのに、あまり使われてい ません。あれだけ広い駐車場のある施設はないよ。もっと利用できるはずです。
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(司会)茨木市のD地域はどうでしたか。
(B)いのち・愛・ゆめセンターは3階建てでした。
(D)団地は4棟だけでした。4階建てで目立たなかったです。
(C)先に見たC地域は、10棟あり、此処と比べて汚くて見劣りしましたね。
(A)ここは普通のまちですね。マンションが4棟あるという感じでした。
(E)ここも青少年センターが閉館されていました。
(A)巨大ないのち・愛・ゆめセンターだから、そこに青少年、お年寄りの施設を集約す ればよかったんです。解同の要求者組合が要求するのであれこれ作ったわけや。解同利 権によるまちづくりが問題ですね。
(E)いのち・愛・ゆめセンターの向かいの果物屋さんに解同支部の事務所があるようで した。
(C)周辺も使えるように考えて作ったらよかったんです。利権がらみのまちづくりを反 省した上で、これからのまちづくりを考えなければなりませんね。

(司会)さて、ずっと飛んで、島本町に行きましたが、どうでしたか。
(B)川沿いの新興住宅地といった感じでした。人権文化センターは大きすぎますね。
(D)団地もないのに大きすぎます。近くには大きな府営住宅もありました。
(E)2階建ての民家が並ぶ落ち着いた地域でした。
(A)ここも西国街道沿いのまちでしたね。
(B)西国街道沿いに地域が多かったですね。

(司会)大阪市内や府下と比べてどうですか。
(D)大阪市内は新大阪駅周辺とその他の地域の格差を感じたけれども、北摂地域は周辺 と完全に一体化していると感じました。
(A)大阪市内は、南北格差と言うより、北の方は新興地で新しくて地域自体が南と比べ てもともと貧乏だった。
(B)私の住む浪速の場合、戦争で丸焼けになって、炭鉱離職者、周辺の貧困層が流れ込 んできて、貧困者の住むまちになってしまった。そして、金持ちはどんどん出て行って しまった。
(C)東大阪市でもそうで、何軒かの地主がいて、ほとんどの人が土地を借りて家を建て ていた。公営住宅を建てるときに土地を売って出ていきました。当時、住宅にたくさん の人が住んでいましたが、現在では多くの空き家が出てきて困ったものです。
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(A)島本町みたいに団地がないのは良いですね。でも、解同にとっては利権にならない し、どうやってやってきたんやろ。

(司会)各地域で目につくのは人権協会の事務所ですね。大阪市のように、自分らで解散 するんやったら良いけど。
(D)人権協会への事業委託をなんとかせんとあかんな。
(C)人権協会への相談委託やけれど、各センターに人は来んやろ。行って何を相談する んや。相談にいく人もないし。
(E)相談するための施設としてセンターを維持するのも大変になってきている。
(B)市役所の出張所の機能があるのやったら、センターは利用されるだろうが、そうで なければ利用せんわな。
(A)これからは、その様子を見守っていきましょうか。あまりにも、無駄な作り方、使 い方をしてきたわけやから。
(E)解同の利権漁りについて、行政はどう考えていたんやろ。
(B)行政も解同に言いなりになって、うまいことやってきたんや。
(C)これまでも各地の市長、解同に応援してもらって、金も出してもらって、そういう 市長も多かったんやで。
(A)解同と一緒になって利権にありついた議員、まだ幅をきかしているんやない。
(B)大阪市の小西の例で言うと、大阪駅前の第2第3ビルの建設で暗躍したわけで。
(E)一部の強い業者だけが残り、あとは淘汰されていきました。
(A)大阪の場合、解同の利権漁りと、行政が解同を利用して民主勢力を分断させたとい うこと。統一戦線破壊という役割ですね。社会党はみごとになくなりました。
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(司会)話はあっちこっち飛んだけれど能勢町や豊能町、茨木市や島本町は周辺との違和 感はほとんど感じられなかったですね。

(司会)さて次は大阪の南の端に行きましょうか。岬町のE地域はどうでしょうか。
(A)団地9棟が地区外に建てられていました。たくさん空き家がありましたね。
(B)保育所も閉まっていました。
(D)人権協会の事務所に解放新聞が大量に積んであった。
(C)風呂代は大人350円、老人300円、小人250円となっていました。
(A)老人憩いの家からカラオケが聞こえていました。
(C)旧の村は同和対策事業が必要で無かったのでは。同和対策事業が始まったので地域 の外に団地を建てたのではと感じたね。

(司会)岬町のF地域はどうですか。
(B)普通のまち並み。
(A)人権協会事務所は閉まったまま。地区の外にあったんでは。
(C)ここは団地がなかったですね。 
(D)もともと豊かな地域で同和事業が必要でなかったのでは。

(司会)次に泉佐野市のG地区を見た感じはどうでした。
(B)国道26号線の外れに団地、人権文化センターなどを建てた。同和利権のための事 業では。

(司会)続いて泉佐野市のH地区は。
(D)小さい地域ですね。
(C)青少年会館は閉鎖されていました。

(司会)最後ですが、泉佐野市のI地区はどうですか。
(A)超デラックスな建物が。まるで大阪市版ですね。
(D)人権文化センター内に水平社宣言が掲げられていたよ。
(B)人権協会の事務所、図書館に解放新聞が貼られていましたね。
(C)あっちこっちに団地が建てられていましたね。旧村はそのままで田や畑をつぶして 団地を建てたのかな。
(A)利権構造そのものに見えた。あそこまでやったら忌避意識は無くならない。
(C)同和問題でなく、解同利権そのものに見える地域でした。 
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(司会)この1年かけて大阪府下全域を回ってみたけれど、どうでしたか。
(A)解同が言ってるような、貧困とかいうイメージはそれぞれのまちにはなかった。
(B)ただ、団地を多く抱えているところは府営住宅と同じ問題を多く抱えているから、 これからも格差と貧困の問題は続くのでは。
(C)それは解同の利権あさりによるゆがんだまちづくりの結果やな。
(D)解同が作り出した新たな問題やな。一定の収入のある人は外へ行ってる。団地ばっ かりの地域はこれからも大変やで。
(B)「部落」はなくなった。橋は何本もかけられ、今では隔てる川も埋め立てられ、橋 を架ける必要もなくなった。そこにまだ一所懸命溝を掘ってるのが解同やな。
(A)「百聞は一見にしかず」で、自分たちの目で府下の大部分の地域を見て回り、地域 の変貌、地域ごとの違い、自分の暮らす地域との比較、どこまで部落問題の解決が進ん だのか、残された課題は何か、など私たちの目に焼き付いた経験を今後の活動にしっか り活かしていきたいと思います。


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  乱脈行政の見直しを
  東大阪市各部と懇談

 人権文化部
6月19日、1月22日東大阪市に提出した、「市民のくらしと営業を守り、住みよいまちづくりを求める要求書」にもとづく人権文化部との懇談をもちました。懇談は、「特別扱い」見直しを中心に@長瀬地域まちづくり基本構想の策定、A同和未利用地の活用、B隣保館事業を廃止すること、など要求しました。
 これに対して市は、@見直しをしていきたい。骨子も含めて関係部局、関係機関と検討していきたい。A地域全体の未利用地について調べる。B人権文化センターは福祉の向上や住民交流の拠点となる開かれたコミュニティセンターとして、各種相談事業や人権課題解決のため各種事業を総合的におこなう施設と回答。
 民権連は、まちづくり基本構想の一日も早い見直しと策定を求めました。長瀬人権文化センターの貸館と講習事業の利用件数と人数を平均すると、1日13人、職員が12人配置されている。職員の仕事は何かと追及。そして全部局にわたっている「特別扱い」の見直しについて人権文化部が関係部局を集めて検討することは考えられないか、と提案しました。
 市は、提案について検討していきたいと回答。

 教育委員会
 6月26日、フイールドワークの中止、旧同和4校の教職員加配の見直し、学校での部落問題学習廃止を求めて市教委と懇談をおこないました。
 市教委は、フイールドワークに参加していないのでよく分からない。児童・生徒の状況に即して文科省から府教委を通じて加配されている。市人権教育基本方針に沿って人権教育・同和教育をおこなっている。との回答に終始しました。
 民権連は「特別扱い」見直しのため、引き続き懇談の場を持っていくことを申し入れました。

  原発ゼロの日本をつくろう
     2013年国民平和大行進

 6月30日、2013年5月6日、東京夢の島を出発した国民平和大行進、東京〜広島コースが奈良県から大阪入りしました。柏原市の大和川河川敷で奈良県から引き継がれ、出発集会がおこなわれました。
 行進は、全国・府内通し行進者を先頭に府内幹線コースを梅雨空のもと元気に行進、7月7日、昼過ぎに川西市役所で兵庫県にバトンタッチしました。
 7月4日、住之江区役所を出発した網の目コースに民権連大阪市協の仲間が大国町から参加、梅雨のやみ間の蒸し暑さに負けず、「核兵器をなくそう。原発ゼロの日本をつくろう!」と、シュプレヒーコールを響かせながら元気に四天王寺西門まで行進し、幹線コースと合流しました。
 府下の仲間も、幹線コースや網の目コースに参加、「核兵器のない平和な世界をめざしましょう」と訴えながら歩きました。